6.前庭神経炎

(Vestibular neuronitis)

1.疾患概念

 前庭神経炎は突発性耳性めまい症の中でも後迷路に病態をもつと推定されるものである。めまいは突発的に発症し,強い回転性めまい感が数時間続く。その時,蝸牛症状(耳鳴,難聴等)を伴わないのが特徴である(メニエール病との鑑別点)。通常めまい大発作は1回である。激しいめまい発作時には嘔気,嘔吐を伴う。回転性めまい感は1~3日でおさまるが不快な頭重感と,体動時あるいは歩行時のフラツキ感が数週から数カ月間残存する。
 病因は未詳であるが,ウイルス感染説,血管障害説あるいは脱髄性病態説がある。

2.病歴からの診断

1)突発的なめまい発作を主訴とする。大きなめまいは一度のことが多い。
2)めまい発作の後,ふらつき感,頭重感が持続する。
3)めまいと直接関連をもつ蝸牛症状(聴力低下あるいは耳鳴)を認めない。
4)めまいの原因,あるいはめまいを誘発すると思われる疾患を既往歴にもたない。
5)めまいの発現に先行して7~10日前後に上気道感染症,あるいは感冒に罹患していることが多い

〔註〕1),2),3),4)の条件がある場合、本症を疑う。

3.検査からの診断

1)聴力検査で,正常聴力または,めまいと直接関係しない聴力像を示す。
2)温度眼振検査で患側の温度反応高度低下,又は無反応を示す。時に,両側性のものがある。
3)めまい発作時には自発及び頭位眼振検査で方向固定性水平性(時に水平・回旋混合性)眼振をみる。通常健側向きである。
4)神経学的検査で前庭神経以外の神経障害所見なし。

〔註〕1),2),3),4)の条件を認めた場合,本症と診断する。

付)補助診断検査
1)神経学的検査で視標追跡検査,視運動性眼振検査は正常所見を示す。
2)電気性身体動揺検査(GBST)及び電気性眼振検査で患側の反応低下を示す。
3)血清ウイルス抗体価検査で,異常所見をみることあり(註:単純ヘルペス,EB ウイルスが多い)。
4)髄液検査で総蛋白量の増加をみることがある。

4.鑑別診断

1)良性発作性頭位めまい症
2)心因性めまい症
3)上小脳動脈循環障害
4)小脳腫瘍

5.病期の判定

1)自覚症状(浮動感,頭重感,軽い回転感)は数カ月間持続する。
2)自発眼振は発症後3週までに多くの場合,消失する。
3)温度眼振検査では,反応低下が数カ月におよぶ。
4)頭位眼振は1年以上存続するものがある(25%)。
5)GBST は約3カ月で正常化する(70%)。以後も GBST の正常化しないものは,自覚症状の消褪しないものが多い。

6.予後判定基準

1)温度眼振検査で反応低下が1カ月以内に改善した例では,自覚症状及び眼振所見の消失が早く,予後が良いと推定できる。反応低下の持続するものは予後不良である。
2)頭位眼振検査で,眼振の方向優位性が変動する例では,頭位眼振が早期に消失する傾向がある。一方,経過中,一度消失した頭位眼振が再現した例ではその後,頭位眼振が存続するものが多い。
3)GBST が改善しない群では自発眼振の消失が遅い傾向がある

7.疾患についての説明

1)追跡期間と最終診断は3カ月間。その間,自覚症状,自発眼振と頭位眼振検査,温度眼振検査,GBST を経時的に行う。
2)温度眼振検査で無反応の場合,消失とし廃絶と区別する。
3)GBST は経過判断上,有用である。
4)本症では髄液中,総蛋白量が発症2週目以後増量し,8週前後で回復する傾向に注目。
5)両側前庭神経炎については,慎重に診断する。

文献

1)Dix MR, Hallpike GS : The pathology, symptomatology and diagnosis of certain common disorders of the vestibular system. Ann ORL 61 : 987-1016, 1952
2)吉本 裕:“Vestibular neuronitis”について単発性の聴覚症状を欠く回転性めまい症例.治療55:1129-1141,1973
3)渡辺 勈:「前庭機能異常」に関する第1回疫学調査成績,厚生省特定疾患・前庭機能異常調査研究班・昭和55年研究報告書.39~46頁,1980
4)関谷 透:前庭神経炎―その臨床像と検査成績よりする病態の考察―.山口医学31:107-117,1982
5)高橋 昭:前庭神経炎と Guillain-Barre 症候群との比較論.耳鼻臨床 増5:2383-2391,1982